五十三回目の夏に/狸亭
 
教授
ぼくは個性の無い一銀行員
唇に鮮やかな濃いルージュ
大きな鏡に映るラヴシーン

別れの夏は突然やって来た
遠いロンドンからの便りは
「都合で帰れない」だった
追いかけるように国際電話

「共同研究者がきまったの
こちらに永住することにね」
胸は高鳴るグランドピアノ
その夜は大酒のんで独り寝

無理やり引き裂かれて以来
忘れられない面影を抱いて
独り暮らす日々は恐ろしい
尋ねてみようか思いきって

優柔不断のぼくには無理だ
ロンドンはあまり遠すぎる
銀行員の平凡な日は過ぎた
胸の奥にはアバンチュール

田舎の母もすっかり老いて
若かったあの二
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