沈黙翻訳家/後期
 
私は沈黙翻訳家だ。
仕事は、沈黙を翻訳すること。
人が何も言わなかった瞬間を文章にする。

呼吸の長さ。
椅子の軋む音。
指が机に触れる間隔。
紙や衣擦れの音。

音だけでは分からない。
間の取り方。
揺れの強弱。
音の微かな途切れ。
そこから心理を推測する。

普通の翻訳家は外国語を訳す。
私は、発生しなかった言葉を訳す。



依頼は小さなものが多い。
夫婦の沈黙。
友人の沈黙。
別れ話の沈黙。

録音を聞く。
沈黙の密度を読む。
書く。

「もう、好きではない」
「反対したいが、言えない」

依頼人は頷く。
「それです」

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