全行引用による自伝詩 01/田中宏輔2
 
はストーブのそばに腰かけていて、皿が割れる音にもかかわらず、僕が呼びかけているにもかかわらず、僕がその肩に手をかけているにもかかわらず、歌を口ずさみつづけた。それを聞いて僕は吐き気を催した。
(フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』XXXII、高橋 啓訳)

室内の空気まで、笑いを噛み殺している感じだった。
(オルダス・ハックスリー『ジョコンダの微笑』三、小野寺 健訳)

自然なものは憎悪だけといった世界では、恋はひとつの病なのだ。
(ホセ・エミリオ・パチェーコ『砂漠の戦い』11、安藤哲行訳)

 受話器を取るまでに彼女は時間をかけた。電話の相手はたぶん医者だろうと彼女は見
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