図書館の掟。/田中宏輔
 

見間違いだったのだろうか?
その死者は東南アジア系の肌の浅黒い
ちょっぴり丸顔の若い女性だった。
後ろにひとのいる気配がしたので振り返った。
彼女だった。
彼女は死者ではなかったのだ。
ぼくの目がみた彼女の瞳は死者のそれではなく
生者のそれだったのだ。
ぼくは視力がそれほどよくなかったので見間違えたのだった。
ぼくは彼女に一目ぼれした。
彼女もそうだった。
ふたりは互いに一目ぼれし合ったのだった。
図書館では生者同士の会話が禁じられている。
死者たちに嫉妬心を呼び起こすからだというのだが
わずかにひらいたカーテンの隙間から
月の光が射し込んでいた。
死者たちの
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