図書館の掟。/田中宏輔
女の唇に耳をくっつけて
彼女の声をきいた。
死者の声はどうしてこんなに魅力的なのだろうか?
声をひそめて語る彼女の言葉を聞いていると
まるで愛撫されているかのようだった。
彼女の息がぼくの耳をくすぐる。
過去が死者によって語られる。
どうして死者の語る過去は
生者の語る現在よりも生き生きとしているのだろうか?
彼女は彼女の死の間際に何が起こったのか教えてくれた。
どうして理不尽な死が彼女を襲ったのか
静かにゆっくりと語ってくれた。
死者の息は冷たい。
冷たい息がぼくの耳にかかる。
目を閉じて彼女の声を聞いていた。
視線を感じて目を開けると
手前の書架と書架の間から
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