図書館の掟。/田中宏輔
わ。
記憶は夫のものよ。
わたしにはあのひとの記憶が必要だわ。
わたしにはあのひとの言葉が必要だわ。
二人のあいだの思い出を語り合うことが
わたしの慰め
わたしの唯一の慰めですもの。
あのひとの顔ではないけれど
あのひとの記憶を持った男のところに
夫の思い出を語る赤の他人のところに
きっとわたしはやってくるでしょう。
すぐにとは言わないまでも
遠くない日
いつの日にか
ふたたび
また。
*
「かけたまえ。」
男は図書館長の視線から目を離さずに腰掛けた。
「カタログは、そのなかかね?」
男は持ってきた鞄を図書館長の目の前に置いて
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