HELLO KITTY/無名猫
ロンドンの霧は境界をやさしく溶かしていく。「ここからがわたし」が、見えなくなる。鏡の前で問いかけても、答える者はもちろんいない。わたし自身さえ知らないのだから。
「女の子」と呼ばれている。けれど、この耳は猫のかたち。この沈黙は、演技ではない。選んだのではなく、与えられたもの。名も、姿も、あらゆる仕様さえも。
チャーミーが鳴いた夜、わたしはベッドに横たわった。ドアの向こうの靴音が、わたしの身体を呼ぶ。湿った夜のにおい。見知らぬ誰かの体温。
言葉は、わたしには贅沢だった。「こわい」と言えば、値段が下がると教わった。だから言葉を棄てた。あるいは、奪われた。
リボンを結ばれた日を、
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