聞こえない風の音が、永遠に鳴り続けてて/由比良 倖
 
える)を棚から出して椅子に座ると、紗々は、僕たちにだけ相通じている音楽の装飾記号みたいに「うん」と言った。
 紗々は音を立てて黒ビールの缶をテーブルに置くと、上半身を傾けて、今置いたビール缶の隣にぺたんと頬を付けて、横目でビールのラベルを見ながら「黒ビール、苦くない、アルコール、高い、でも、酔わない、キャラメルの味、素敵、とても」とぶつぶつつぶやき始めたので、これはベッドに運んだ方がいいかも知れない、と少し面倒に思いつつ、僕がグラスに注意深くビールを注ぎ始めると、紗々は自分が全く正気であることを示すように、自然な動作で背を伸ばして、両肘をテーブルに着いて、テーブルの上、二十センチほどの高さに浮い
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