書かれざる構造を愛する文学──サガン、モーム、フォースターに通底する“起こらない物語”/大町綾音
 
語りの明晰さとは裏腹に、“語らない”ことへの確信を持っている作家である。彼の代表作『人間の絆』では、主人公フィリップの成長と屈折が描かれるが、その成長はたいてい無意味に近い選択の積み重ねによって達成される。モームの語り手は、主人公に教訓を与えるのではなく、その無為の選択を静かに観察する冷たさを持ち合わせている。まるで「人生とはこういうものなのだ」という諦念を、読者の側にだけ置いていくような文学である。

 E.M.フォースターは、この構造をさらに倫理的・社会的に深化させる。『ハワーズ・エンド』におけるモットー “Only connect.”(ただ繋がること) は、行動の指針ではあるが、実際に物
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