此処であり、何処かでもある/ホロウ・シカエルボク
分の本流だと信じていた激しい濁流ではなかった、とても静かで深い、穏やかな流れだった、そしてその静けさのせいで、そこに漂っているもの、沈殿しているもののすべてを見つめることが出来た、俺はその流れの水面でも水底でも無い場所に居て、最後の感情が刑場化して転がっているような景色を眺め続けた、その形状がなにを示しているのかはまるでわからなかったけれど、見つめているととても悲しくなったり腹立たしくなったりした、もう記憶の中には残れない様々な種類の出来事たちは、そうして身体の中で静かに拾われるのを待っているのだ、こいつらを言葉にするのは変だ、と俺は思った、それはかつてはそういうものだったかもしれない、でもいまは
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