LET THERE BE MORE LIGHT。 ──光の詩学/神学的自我論の試み/田中宏輔
 
ることもあると、少なくとも、その意識にのぼる概念の一部となることもあるのだと、筆者は考えているのである。聖書の言葉に、「見えるものは現れているものから出てきたのではない」(ヘブル人への手紙一一・三)というのがある。もちろん、「一切がことばになりうるわけではない。」(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第三部・日の出前、手塚富雄訳)。言葉にならないものもあるだろう。しかし、それが、概念形成に寄与しないとも限らないのである。それが、概念形成に寄与するものを形成することに寄与するかもしれないのである。これは、いくらでも無限後退させて考えてやることができる。

 もしも、目に見えるもの、耳に聞こえるもの、手で
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