ATOM HEART MOTHER。/田中宏輔
入ったラブホテルには、わたしは行かなかった。そのとき、彼らがいっしょに浴びたシャワーを、わたしは浴びなかった。そのとき、彼が目にしたその青年の背中の入れ墨を、わたしは見なかった。そのとき、その青年がガラスのテーブルの上に置いた缶コーラを、わたしは見なかった。しかし、「マールボロ。」という作品が出来上がった瞬間に、その言葉たちを通して、わたしは、彼らのいた時間と場所に現われたのである。彼らがいたそのポルノ映画館に、わたしもいたのだ。彼らが入ったそのラブホテルに、わたしも入ったのだ。彼らがいっしょに浴びたシャワーを、わたしも浴びたのだ。彼が目にしたその青年の背中の入れ墨を、わたしも見たのだ。青年がガラ
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