熊のフリー・ハグ。/田中宏輔
わたしの首に抱きついて離れないわたしの死んだ夫に
「言葉とちゃうやろ
好きやったら、抱けや」
数多くのキッスと
ただ一回だけのキス
むかし、エイジくんって子と付き合っていて
その子とのキッスはすごかった
サランラップを唇と唇のあいだにはさんでしたのだ
彼とのキスはそれ一回だけだった
一年間
ぼくは彼に振り回されて
めちゃくちゃな日々を送ったのだ
ぼくは一度も好きだと言わなかった
彼もまた、ぼくのことを一度も好きだと言わなかった
お互いに
ぜんぜん幸せではなかった
だけど
離れることができなかった
一年間
ほとんど毎日のように会っていた
怒濤のような
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