影か揚羽か/ただのみきや
レーターすら摩耗することに誰もが慣れ切っていた
当時十代後半だった目撃者たちも今では定年退職を迎えていた
時折あの出来事が話題に上るとなにか郷愁のようなものが湧き上がり
実家の片づけやタイムカプセルのよう 「あったあったそういえば」
話題は弾むのだった
だが彼らの気がかりは犯人捜しではなく
「なぜあの少年であってわれわれの誰かではなかったのか」
「単なる偶然かそれとも運命的なにかだったのか」
峠を越えた人生はなだらかに死へと下って行く
死の影に それも理不尽な死の影に対する不安
それとは逆にあの時あの若き日の燃え上がる太陽と祭りの賑わいの中で
天から下った剣に貫かれ人々の
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