旅する人を描く人を恋する人を夢みる人の恋唄/佐々宝砂
 

目を再び開けばそこは洞窟で
あのひとの気配はもうどこにもない
小さな懐中電灯が
美しい石膏の結晶を照らし出すだけ
複雑に入り組んだ天井からしたしたと滴り
床のくぼみに青く光っている液体は
水ではなく硫酸
洞窟を満たすのは亜硫酸ガス
なのになにごともなく
深呼吸できるのはなぜだろう
硫酸に裸足の足をひたして
なんともないのはなぜだろう
なぜだろう
なぜここにいるのだろう
なぜあのひとを捜し続けるのだろう
ほんとうに
ほんとうにあのひとは存在しているのか
夢の入れ子に疑いは禁物で
疑いの亀裂は洞窟の壁を突き崩し
ガラガラガラと様式化された音が鼓膜をつんざき

[次のページ]
戻る   Point(2)