旅する人を描く人を恋する人を夢みる人の恋唄/佐々宝砂
閉ざしたまぶたに風圧を感じて
すこし怖くなる
飛んでいるのだと突然理解する
根拠のない昂揚が上昇気流となって
際限なく伸びてゆく手足を浮揚させる
みたび目を開けば
眼下に広がるのは岩と石の乾いた世界
あそこにいるのはたぶん硅素系生物で
たぶんこの大気はヒトの呼吸に適さない
でももう気にしない
疑わない
あのひとの存在を疑ったりなんかしない
疑えば疑うほど
あのひとはきっと遠くなる
だから信じる
信じて捜す
あのひとは存在する
存在する
だれか
夢の入れ子の物語のひとつで
あのひとに出逢ったなら
伝えてほしい
旅する人を描く人を恋する人を夢みる人は
あなたを今日も捜していると
伝えてほしい
夢に亀裂が入り
物語が炸裂し
入れ子が崩壊して
会話が不可能になり
ものとものとの関係性が歪み
宇宙のすべてが喪われたとしても
それでも
旅する人を描く人を恋する人を夢みる人は
あなたをいまも愛していると
伝えてほしい
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