旅する人を描く人を恋する人を夢みる人の恋唄/佐々宝砂
 
上に
あのひとがいるような気がしていたのだけれど
目覚めるとまだ夢の続きで
学生のように思われる若い絵描きが
ごちゃごちゃ散らかったアトリエで
旅人たちの姿を描いていて
その油絵がどうしたわけか
腹立たしく思えてしかたなくて
手近にあった黒い液体をひっかけてやった
絵はどろどろ溶けて
絵描きはこちらにくってかかった
その顔にも黒い液体をひっかけた
絵描きはどろどろ溶けていった
すると何をするのと泣く声がきこえて
振り向くと一人の少女がいた
ひどく痩せた少女で
尖ったおとがいが枯れた水仙の葉を思わせた
その少女の瞳にあのひとの姿が一瞬映って
入れ子の物語のなか

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