黒い光輪。/田中宏輔
 
。金。金に決まってんだろ。」
「そら、大事なもんさね。」
女が男の膝のあいだに手を滑り込ませた。
財布を握る男の手にさらに力が入った。
女の耳は、三十枚の銀貨が擦れ合う音を聞き逃さなかった。
戸口の傍らで、灰色の毛の盲いた犬が蹲っていた。





II デルタの烙印



II・I 死海にて I


ユダは湖面に映った自身の影を見つめていた。
死の湖(うみ)、死の水に魅入られた男の貌(かお)であった。
その影は微塵も動かなかった。
ただ目を眩ませる水光(すいこう)に
目を瞬かせるだけであった。
──この懐のなかの銀貨三十枚。
──
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