黒い光輪。/田中宏輔
「おやまあ、陰気くさい顔が、いっぺんに明るくなっちまったよ。」
「ああ。ほんとにうまかった。苦みがなかった。」
「ここじゃあ、枝蔓ごと、もぎ取ったりはしないからね。」
──田舎じゃないって、言いたいのか。
「女、なんという名だ。」
「マリアさ。」
──あのひとの母親と同じ名だ。神に愛されし者、か。
「あんたは、なんて言うんだい。」
「ユダだ。ユダ。マリアほどにありふれた名前だ。」
女が身を擦り寄せて、男の胸元を覗き込んだ。
男の手が懐にある財布の口を握った。
「なにか大事なものでも、懐のなかに持ってんのかい。」
──大事なもの? 大事なもの? 大事なもの?
「金だよ。金
[次のページ]
戻る 編 削 Point(11)