詩のこと、言葉のこと/由比良 倖
にさらさらと流れるのは、今度は陽ではなくて水であるし、これは多分、絵にも漫画にも、映像にもならないと思う。でも言葉にすれば、それはすんなりと分かる。少なくとも、分かるような気がする。でもどうして分かるのかは、全然分からない。
それから「冬の夜」という詩では「……痩せた年増女の手のような、その手の弾力のような、やわらかい、またかたい、かたいような、その手の弾力のような、煙のような、その女の情熱のような、燃えるような、消えるような……」という長い形容が出てきて、それが「冬の夜の室内の、空気よりよいものはないのです」に繋がるのだけど、これは「分かる」という感覚をぎりぎり超えているか超えていないかのと
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