「解放」の淋しい心地良さ/岡部淳太郎
らを規定するものとはすなわち、自らに安定をもたらすものでもある。人は外から規定されて縛られることによって一種の安定を得る。そうすることで初めて「生活」というものが可能になるだろう。そんなことはわかっている。わかった上であえてそれからの解放を求めているのだ。規定され縛られるということは、あたかも罪によって裁かれ罰せられ服役しているかのようだ。だが、我々は誰も自分が何らかの罪を犯した記憶を持たない。そんな覚えはない。それなのに何かに従属し何かに縛られて、不自由さを感じている。まるで人としてこの世に生まれ落ちたこと自体が罪であるかのごとくだ。我々はそのような原罪めいたものに否をつきつける必要が、時にあり
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