詩の日めくり 二〇二一年八月一日─三十一日/田中宏輔
 
うなものを感じたのは、おそらくそのせいにちがいない。しかしその一方で、誰かが彼女に自分の意志を伝えようとしていて、水のなかにこっそりメッセージをしのばせたようにも思えた。だからこそ、水が執拗に彼女を見つめ、さらに自分のほうを見つめさせようとしていたのだろう。夫人はベッドから起き上がると、裸足のまま不安そうに部屋のなかや廊下を歩きまわった。けれども、明かりをはじめなにもかもが一変していた。まるで夫人のアルキまわる空間が、誰かの指図でべつの空気とべつの意味をそなえた事物で埋め尽されたように思われた。夫人はもう水を見ようという気にはなれなかった。(…)
(フェリスベルト・エルナンデス『水に浮かんだ家』
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