パス・スルー/ホロウ・シカエルボク
 
語ることなど生き続ける意味においてはささやかな事柄だ、どのみち語れることはあまりない、どれだけ言葉を知っていようと、どれだけの物語が内奥で順番待ちをしていようとだ、語ることが目的ではない、それによってなにを得ようとしているのかということを、しっかりと感じているかどうか、それだけだ―立ち上がって腰を伸ばした、窓の外は明るく晴れているが照明もまた煌々と照っていた、首を横に振ってそいつの息の根をとめ、服を着替えなければいけないとぼんやりと考える、夏に眠るとどういうわけかたくさんの夢を見る、でもそれを誰かに話そうとすると下手な詩のようなものになってしまう、特別になにかをしようという意思はなかった、けれど、
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