正風亭(推敲後)/武下愛
 
くても夕暮れが引き戸の硝子を橙に染めています。くれゆくときは一瞬です。もう少し経てば、帳が落ちて夜が鶴の様に羽ばたくでしょう。風もだいぶ冷たくなりましたね。冬が足早に近づき、足音も聞こえてきます。

「女将、空いてるかい?」

聞き慣れた低い男性の声に、振り向きましたら何時もの御客様の一人がいらっしゃったようです。毎日のように通って戴ける事が嬉しく思います。私は微笑みます。何時ものように。

「はい。いらっしゃいませ。今日はお早いんですね」

「あぁ、女将に会いたくてね?」

「ふふっ、ありがとうございます。私も心より御待ち致しておりました」

引き戸を横に滑らせて開けます
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