正風亭(推敲後)/武下愛
 
ますと。炭の焼ける独特の香りを真っ先に感じました。店内を満たしていたんですね。御客様は調理場に一番近い左の隅に在る何時もの席にがたっと座られました。私は何時もの様に、当然だと言う様に、焦げ茶色の瓶に入っている、えびすのびいるを冷えた透明なこっぷにこぽこぽと注ぎます。黄色のびいると白い泡の割合も大事なんですよね。昔は着物の勝手が分からなかったもので、よく汚していました。今は着物の袖を左手で抑えます。こつがいりますが小指からこっぷを置くと音が出ません。御客様がびいるで喉ぼとけを上下させて、ごくごくと飲んでいらっしゃいますが、私は年齢と釣り合わない子供舌なので、お酒を飲みたいと思った事は、失恋した時くらいです。それはさておき。

さぁ、今宵も正風亭が始まります。
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