田崎さんちの牛/ちぇりこ。
」
お兄さんの言葉はもう、宇宙言語にしか聴こえない
どうやって家に帰ったのか、記憶がない
溢れる獣臭に塗れたぼくを、気にもとめない母に
「おかえり」
と言われて、ぼくは日常に帰還した
それからは足繁く牛の元に通った
すっかり慣れたぼくは、牛を見る
牛もぼくを見る
鼻先に手を伸ばす、怒涛の涎が降り注ぐ
ぼくは喜んでその涎を
司祭から施される聖杯を受けとるように
跪き、享受する異教徒なのだ
そんなある日
いつものように牛に会いにゆくと
細長い通路に田崎さんが立っていた
「もう来ちゃいけんよ、牛が煩そうなるけぇね」
そう言って田崎さんは踵を返して
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