隠喩と論理形式/葉leaf
うな二重の意味カテゴリーの破壊は美を伴い、隠喩として正常に機能するが、「毛糸の愛を飛ぶ」「目の唇が穴を殴る」のような三重四重の破壊は美しさを伴わないばかりか、無意味なものへと近づいていくことが分かる。
だから、意味カテゴリーを破る記述がすべて隠喩と呼べるかというとはなはだ疑問である。それは読み手の度量にかかっているように思われる。私としては、意味カテゴリーを破る記述は、明らかに隠喩と思われるもの(B1)と、隠喩としての機能が薄れ、ほとんど無意味な記述になっているもの(B2)に分けたい。もちろん、B1とB2は、截然と分かれるものではなく、その境界は連続していると考えられるが、この分類自体は有益で
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