映画『赤ひげ』と父の思い出/道草次郎
画が何かの運命であってもいいように。今回はそういう話だ。
少し前置きのような話が必要かも知れない。自分が父を亡くしたのは十七歳の頃だった。手の打ちようの無い病に侵された父の意識は、最期の日々、モルヒネの投与により朦朧状態にあった。極寒のあの日トイレの介助をしてもらいながら、まるでうわ言のように、手つかずのりんご畑の心配ばかりしていた父の姿は今も憶えている。その日の未明に父はかえらぬ人となった。?
今思うと自分にとって十七歳というのはとても大事な時期だった。何故ならこの時に見たり聞いたり体験したりした事が、後々になりその人間の土台を作っていくからである。少なくとも自分の場合はそうだったと
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