城/墨晶
っていたのを男が見て真似するようになった仕草だ。
「煙は自由なものだな」そんな風に考えながら、男は煙が漂っていく様をぼんやりと酔った眼で追っていく。すると、脂(やに)で汚れた天井の隅にふわふわと真新しい銀色の蜘蛛の巣が揺れていた。朝の蜘蛛が何か気が済まなそうな、それでいて厳かな雰囲気で、鏡に留まっていたときの姿勢で巣の中心で沈黙していた。
「そんなところに巣を張ったって、獲物なんてあるのか?」
(いずれ、あんたがわたしの獲物ですよ)
男と蜘蛛の会話はそんな風に始まった。
男は、いつ自身がこの蜘蛛の餌食になるのかと、何か名状しがたい、しかし奇妙にも期待に似た気持ちを抱えな
[次のページ]
戻る 編 削 Point(1)