母が壊れてしまったあの日から/健
読んでくれている方、特に病気に関わる当事者の方は、「壊れた」という表現に悲しみや怒りを感じるかもしれない。
しかし、「私の中で」母は確かにこの時壊れてしまった。
それは消しようのない感覚であり、母の症状が軽くなって傍目には普通の生活ができるようになった後も、私の心にずっと重たくのしかかっていた。
あるいは、「自分のこれまでの感覚が壊れてしまったこと」をすべて母のせいにして、心の平穏を保とうとしていたのかもしれない。
それからの私の生活は一変してしまった。
高校にはひとまず通っていたものの、ほとんどのことに集中できず、成績は当然の如くガタ落ち。
家に帰れば、多少落ちつ
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