母が壊れてしまったあの日から/
 
ちついたとはいえ相変わらず妄想の類を語り、死にたいと繰り返し呟く母がいて、部屋にいても跳ねている音がずっと聞こえてくる。

部活に信頼出来る友人達がいたのが救いで、ほとんど部活の時間だけを支えにして過ごす日々だった。

そうして三年生の夏、総体が終わるまでは何とか過ごしたものの、部活動が終わり、完全に周りが受験に集中し始める二学期が始まると同時に、私は学校へ行けなくなった。



・逃げる日々


結局私はあと数十日通えば卒業できるはずだった高校を中退した。
うしろめたさを感じながら家に引きこもり、パソコンに向かって、音楽や詩、小説のサイトを眺め、吐き出すようにブログを書く
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