新居/墨晶
新しい、食堂の給仕の仕事も、忙しいが一週間順調に過ぎた。
今日は休日なので、カメラを持って町内を徘徊しようと思っていた。以前勤めていた写真館が閉業するとき餞別でもらった白黒フィルムをカメラに装填し、気に入っているベージュのステンカラーコートを衣類の収納箱から出した。防虫剤の匂いのコートはたたみ皺があったがわたしは気にしない。わたしは何よりコートを着る季節が格別好きだからだ。
姿見の前で帽子をとっかえひっかえしていると、玄関のドアを乱暴に叩く音がした。「シヤクショノホウカラキマシター、アケテクダサーイ」と誰かが怒鳴っている。チェーンを掛けたままドアを少し開けると、訪問者の手がドアの縁を力一杯
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