眉のあたりにすずしさの残る少女みたいに/須賀敦子とその「詩集」について/渡邉建志
の未定稿は序章のみが残され、その語り口はあなたの他の作品、回想風エッセイと呼ばれたりもする作品たちと大きな変わりはない。「アルザスに行って、修道女オディール・シュレペールのあとをたずねよう。」という文が序章の結びの部分にあり、やっぱりあなたは、神との内面での会話をそのまま文学として書くつもりがけっしてなかったのだと思う。三冊目の作品「ヴェネツィアの宿」のなかで実父の不倫を書いたときに、あなたは、私小説みたいに生々しくとぐろをまく感情を吐露しなかった、そのように。未完小説の「創作ノート6」に、「終始『私』が見ている人物として、外から描くこと。自然体で」と書いているのも(とくに「終始」という強いことば
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