トラムの話/春日線香
 
やつのことなんて気にもとめなかった。

何年かして街にはある噂が生まれた。どこからか気味の悪い音が聞こえる、と。誰もがふとした瞬間にその音を耳にして怖気をふるうのだけれど、どんなに調べても出所がわからない。それどころか、本当にそんな音がしているのかもよくわからない。耳のうしろを撫でる風、ほんの少しの空気の流れにその不吉な音が混じっているようだった。

またしばらくして親たちはあることに気がついた。子どもの間に病気が流行っている。唇が腫れ上がって、垂れ下がった肉がそのままの形で治らなくなった。一体何が原因なのかわからないまま多くの子どもが患った。あの不吉なトラムを思い浮かべる者もいたが数は少
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