北村太郎(その詩と死)/岡部淳太郎
 
を焼くことと、空襲によって街や人が焼けただれることの二重の隠喩であろう。また、この街にふっている「雨」とは、そうした死をひき起こし死を送り出す炎を消す雨であり、敗戦後の路上にさまよう人々の涙雨でもあるだろう。後半の「管のごとき存在」という箇所で多少のひっかかりを感じるが、それもつづく「橋のしたのブロンドのながれ、/すべてはながれ、/われわれの腸に死はながれる。」という三行を読めば合点がいく。この「管」とは「雨」が流れる水路であり、「死」という悲しみが流れる水路なのだろう。
 このように「雨」という詩は、縦横無尽に隠喩を駆使した詩なのだ。こうした作風が「北村太郎詩集」の基調となっている。暗く重たい
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