9月1日 曇り時々晴れ/道草次郎
しれない。つまり、現実を現実として取り扱う普段の在り方から逸脱してある切り離された状態で事物を捉えてしまったら、二度と普通の世界へ戻ってこれないのではないかという不安だろうか。ただのホームシックみたいな。克服されない帰郷心が、自由な思考を阻む。宗教的な、特にキリスト教的な冒涜の感情はおそらくこれとはまったく別のもので、ぼくにはそれがまだよく把握できていない気がする。たちのぼってくるある感情を既存の言葉によって表すとき、その言葉の定義をよく知っておかないと誤解を招くどころか、自らをも意識の迷宮に彷徨わせてしまい兼ねないので、注意。
お腹が痛くて、だんだんきもちが落ち込んできて、それでもまだ明る
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