帰郷/ただのみきや
 
ったのかは今でも定かではない。彼女の網膜には
いつも灰色の電車が映っていた。停止することのない特急列
車をひらがなだけで引き留めようとして、母は何度となく白
線を越え何度となく巻き込まれ死体になった。わたしは母の
死体を見たことはない。ただ一度だけ和服を着て出かけて往
く母の後を追って行ったことがある。駅のホームを電車が過
ぎるその瞬間母が擦り寄ると、綿毛や羽毛のような無数のひ
らがなと白粉が風に捲かれ――駅員に勧められたがその時も
死体は見なかった。たぶんこれからも見ることはないのだろ
う。

 父の記憶はない。記憶がないということは存在しないのと
同じだ。始めから無いも
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