壊疽した旅行者 五/ただのみきや
 

それでもきっと楽しいのだろうけど
赤の他人のことなのに
見ているとやるせなく
離れた車の中から
蹴らせてやれよと呟やいていた
父親は心得があるようで蹴るのが様になっている
やっとのことで下の子にボールが回り
――ゴールキック
父親と母親が拍手する
おそらくそれは幸福にごく近いもので
悲しみとは傍観者の彩色なのだろう
2020年4月 土曜の朝
世界中に疫病が蔓延していても
幸福とはこのようなもので
安物のクッキーみたいに素朴で
それすら食べられない人もいて
羨やんだり小馬鹿にしたりする
かたちも定義も曖昧でつかみどころもないのに
肌ざわりや匂いはだけが残って
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