老いたペンギンのメモ/由比良 倖
 
て、毎日毎日ペンギンの足で歩いていたら、次の一歩で海に辿り着くかもしれない、と考えた。一歩目の水の感触は、日本語の、ある単語として現れるはずで、だから、横になりながらも常に、言葉を探していて、新鮮味と言えば身体と心の新しい不調だけで、同じ単語の連結を回り続け、語彙はどんどん失われていくけれど、ともかく歩くには歩いた。いついかなるときでも、自分が驚くような、自分自身にとって新鮮な言葉を自分が吐く瞬間が、次の瞬間にはあるはずだと頑なに考え続けていて、そのために僕は限りなく絶望しながら、口では空威張りする以外に方法が無かった。僕は意識的に、自分のこと以外考えなかった。何故なら泳げるペンギンが優しさを発揮
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