老いたペンギンのメモ/由比良 倖
 
とくらい誰でも知ってて、その家は心の中にある。外の世界に家があるとき、家の中は空っぽだ。どんなにそこに住もうとしても、そこに僕はいない。目を瞑ると、世界は融けていく。日本的な湿っぽいメロディ。或いはアメリカのホラーのBGMみたいな、お気に入りの旋律を抱えて、眠る。自分の手が、世界の向こう側にあるみたいな感覚が好きだ。手が、向こう側の世界の風景を、紡ぎ出してくれるから。

全ての情報を、浴びる。何の罪悪感も無しに。ひとりで書いていると、悪いことをしているように楽しい。

八年間の間、僕は一度も楽しいと感じなかった。

僕は文学少年だった。同時にいささか気が触れたほどの、音楽少年だった。し
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