すいそう/田中修子
。私は、まるではじめてあらわれた人を見るように彼を見た。
「いいか。おまえはおれのものだ」
かすれた声で、はい、といった。
「おまえが投げ捨てた命をおれが拾った。だからこれからおまえはおれのものだ。わかったな?」
また、はい、といった。
気持ちのなかに紫陽花の咲く静寂が訪れたようだった。
慢性的な低体温だけが残った。あれから、肌色だったわたしのゆびさきは白くなり、時たま輪郭が溶けていくように薄紫色の燐光をはなつことがある。その燐光に照らされて緑色の藻が方舟のなかに増殖していくことも、ほんとうは、気付いていた。
数か月たって、方舟のなかに、死の病が流行り始めた。
緑
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