すいそう/田中修子
その緑色の黴を近くで見ると何かの鱗のようにも見える。もう数年あてどなくさまよっている箱舟の、動物たちでさえ何かしらのあきらめをふくんだ沈黙の空気と。
--わたしがくるのはいつもこんな世界ばかりだ。
「また増殖していく黴をみているの。黴を削いで、それから、動物たちの世話をしないとね」
呼ばれて振り返ると細身の筋肉質の男がいる。彼は、わたしのつがいだ。幼いころからずっといたので兄と思っていたが、血は繋がっていないのだった。
彼の、かつて日に焼けて浅黒かった肌は色白くなっている。こんな状況でも彼はぜったいに声を荒げない。いや、一度だけ低くなった声を聞いたことがある。わたしが
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