すいそう/田中修子
 
水があった。人はほとんど滅びかけていた。父も母も知らずに育って、コンピュータ先生の作った楽園という名の孤児院で暮らしていた。
 あれは紫陽花の咲く季節だったと思う。そう、紫陽花が異常繁殖したのだった、あれが兆しだった。雨が降って降って紫陽花の杯にたまり、そしてやがてその杯から水がコンコンと湧き出して止まらず、地上にあふれだしたのだった。その水は紫陽花の放つ薄紫色をしていて淡い色の水平線になった。
 人はみなその美しい水にとりこまれて、人としての輪郭を失い溶けていくのだった。あれは幸福だったのだと思う。
 夥しい幸福の死から何かによって取り残され-たぶんコンピュータ先生の選定によるもの-、ガラ
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