生きてきたこと:Part 2.1/由比良 倖
 
恐かった。よく、自分の名前や悪口が聞こえる、というけれど、僕の場合は、僕に全く関係の無い音や声を聞くことが多かった。まず、音と自分との距離感が分からなくなることから幻覚が始まることが多かった。例えば外で子供たちが遊んでいて、初めはそれが外の音だと分かるのに、目を瞑っていると、自分の隣で子供たちが笑っているように感じる。鳥の声が部屋の中から聞こえる。特に恐かったのが入浴で、水の音に囲まれていると、それがいろんな人の、僕には全く関係の無いお喋りに聞こえて、身体を流れる水が、全部人の声に聞こえた。シャンプーのとき、目を瞑っていると、僕は人のお喋りと、視線と、眼球に囲まれていると感じた。まるで雑踏の中で、
[次のページ]
戻る   Point(4)