旧作アーカイブ2(二〇一六年一月)/石村
 

波が優しく それを消し去る前に

貝殻をひろつて 耳に当てよう
お前が囁いた あの日の言葉をきくために

僕もその貝殻に囁かう
この星が生まれる前に知つてゐた
たれもきいたことのない
一番美しい言葉を

そしてその貝殻を沖に投げよう
たれかがその言葉を思ひ出す前に

僕は知つてゐる お前はここに来たことがある
ほら 向こうの空に 舞つてゐるのが見える
その日お前が飛ばした 麦藁帽子が

かなしみを知つた季節は 遥かにとほい
幾度もひとびとが去り また生まれ落ち
そしてまた去つていく
打ち寄せる波
繰り返す忘却

冬が終はる前の いつまでも穏やかな午後
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