なんか、いいね、ということ/腰国改修
 
**にとはいかないが。

そのうちに、多くの人に気に入られる料理であるか?或いはどんな人物からの『いいね』なのか?また、感動は理路整然と必ず説明されるべきなのか?などという問題に出会い、それも乗り越えなければならないのかも知れないが、そんな先が少し見えているのなら、今はまだ『いいね』と言っていてもいいのではないだろうか?

但し、老い先短いものは除く。詩作は非情・冷酷な面も持っている。全ての神々がそうであるように。







*「批評はしても、批判はしない」という飯島勲氏の言葉。そのあとにこう続く。「これがわたしの信条だ。批判とは、無責任な会話で終わってしまうことが多い
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