詩人の誕生/岡部淳太郎
 

降ってくる雨粒を受け止める小さな掌を持つ
その人はゆっくりと
水の流れるほうへと歩き出す
すべての中に歌が潜んでいて
その滑りやすい魚のような新鮮なものを
手づかみで引き上げたいという欲望に
その人は駆られる
あまりにも清純な欲望
世界は黙って
その人を待ち受けている

日輪が輝き
その下で季節は巡り
運命の輪が開かれ また閉じられる
目醒めることは
想像する以上につらいことなのだが
その人は急いで想像を駅の鉄路に投げこむ
歌うことによる
幸福の予兆
だが歌うことは不幸である
歌わないことを選ぶよりは

その人は喉の中に涙を溜める
声のないドキュメ
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