開拓村/山人
供らばかりの通学は道草を食いながらであり、春にはスカンポの茎・ツツジの花・ウラジロウヨウラクの花弁などを食した。
当然帰りも歩くわけで、少しでも歩きの負担を減らそうと砕石工場のダンプカーの後ろを追いかけ、つかまって飛び乗ったりした。当時はすべて砂利道で急坂が多く、走るとダンプに乗れた。
初夏には、おいしい果実が豊富だった。クワイチゴが一番糖度があったが、紫色の果汁で衣服を汚し、母に怒られていた。クワイチゴ・クマイチゴ・ナワシロイチゴ・イワナシと糖度が落ち、代わりに酸味が増した。
今では考えられないが、昔は土木工事も盛んに行われ、女性も背中に大きな石を背負い働いたものである。安全管理もずさ
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