はさみ/水菜
うな祥太郎の言葉が左耳に届く。
そのまま沈黙が続く。
……リリ、リ、チリリ……。
……リリ、リリ、チ、リリリ……。
片足が取れたエンマコオロギが、瑠璃子の右手の先の部屋の角の隅におさまって、翅を擦り合わせて音を出そうとしていた。コオロギは、前脚脛節のつけ根に耳を持ち、これで周囲の音を聞き分ける。このコオロギは、片耳が聞こえないのか……。そこまで、思考して、瑠璃子は、唐突に、私と一緒だ……。と思う。祥太郎に止められても私は聞こえないふりをしている。……それは、本当に聞こえていないのかもしれなかった。聞くという感覚、感じ取る器官が、狂っているのかもしれない。耳という道具というより、
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