モラトリアム・オルタネイト/由比良 倖
あちこちが悪くなったあとでも、彼は「羨ましいな」というのをやめなかった。
「君は変わっていく。それが羨ましいんだ」
僕は笑った。それが自嘲の笑みなのかさえ、僕には分からなかった。
「もしかしたら君は死の向こうにあるものを知っているんじゃないかという気がする」
彼は言った。
でも、僕はそんなものはもちろん知らなかった。
僕が思っていたのは、太陽のぎらつく真夏の海。
そしていつしか終わり、また始まる、ずっと未来の神話の話と、
そして、純粋に 僕が終わろうとする事実だけだった。
春の匂いがした。何十回目かの春の匂い。
ロボットは机に脚をのせ考え事をしていた。僕もそれにならった。
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